いままでいろんな話を聞いてはいたのですが、ちゃんとここに書きたくて、最初のほうを野口ママに確認しました。
1月17日; 午後1時半ごろ、自宅に家宅捜査が入る。地検4人と証券取引法委員会?4人。ベッドの下やスペアタイヤの下まで、何か隠していないかと探しまわる人たち。聞くだけで恐ろしい光景。5時半に終わる。
5時35分頃、家宅捜査が終わったことをママが会社に電話。”何を持っていかれた?”とパパは(野口英昭さん)気にしていた。”今日はもう帰れるから帰るね”と言ったきり、2度と連絡がとれなくなる。
家宅捜索をうけた自宅。そこにいたママと子供たちを心配して家に帰る、というのはごくごく自然な流れのはずだったのに・・・・・
8時、もうとっくに帰宅していてもいい時間、もう1回会社に電話。女の人が”もう帰られましたよ”という返事。
9時には、そろそろ帰ってくるだろう、 10時になったら、”どこかで、お酒をのんでるのかな?” いろいろ考えながら寝ずにずっーと待っていたママ。携帯は前の日から地検に押収されていて、連絡のとりようがない。”もしかしたら、地検に拘束されていて、電話連絡ができないんじゃないかな”とか考えていた。
1月18日・・・不安で不安で仕方ないママ。子供達は、パパが遅く帰ってきて、朝も早く出社して会えない日があるので、普段通りだった。
7時半まで待って会社に電話。”今日はまだ出社していません。” その返事を聞いたときには、どうしていいかわからず涙があふれてきたそうです。社長さんに電話を変わってもらい、事情を伝え、地検のほうに連絡をとってもらいましたが、拘束なんかしていないとのこと。
”どこにいるの?なんで電話をくれないの?”と心の中で叫びながら、パパの実家に連絡。お姉さんとお母さんが来てくれた。”大丈夫だよ、変なことはしないから”と言ってくれたので ”家族を捨てていく人ではない”と心の中で何度もくりかえして無事を祈る。
5時半ぐらいに、家に帰ったお姉さんから、電話があり ”今、那覇署から電話があって、遺体が・・・・” ショックのあまり、後の言葉は覚えていないようです。
運転免許証から名前と連絡先がわかったそうですが、4月に引越しして、まだ住所変更していなかったので、実家のほうに最初連絡がいったそうです。その後、野口ママにも那覇署から連絡がきて
- 左手首、両首、おなかを切っていたこと
- 部屋のブザーが鳴ったのでホテルの人が部屋に入ったときは、まだ手を少し動かしていたこと
- 病院に運んだが3時ごろ死亡したこと
を話してくれたそうです。
子供たちは、パパが行方不明になっていたことさえ知らなかったのに、こんな残酷なことを伝えなければいけない。伝えたくないけど、話さなくてはいけない。悲しすぎる一日。それなのに、「明日学校を休むから」と連絡を受けた私は何も気がつきませんでした
みんなで思いっきり涙を流し、パパをみんなで迎えにいってあげようと次の日の早朝沖縄に行ったそうです。
・・・今日、野口ママに再確認しながら聞いた話はここまでです。パパが帰宅するつもりで会社をでてからいったい何があったのでしょうか。いくら仲のよい夫婦でも仕事のことまではよく分からないんだけど、急な仕事だとか、急なつきあいがあったとしても、家宅捜査を受けた自宅に帰らない(帰れない?)なんていうのはおかしすぎるもん。だから、おかしいな・・どうしたのかな・・・・と思ってからのママはもう普通ではいられなかっただろうね。